その日サクラは、朝から落ち着かなかった。
――― 真っ直ぐな瞳 ―――
「ハアー・・・・・・」
いくどとなく部屋の時計に目を遣る。
今朝から、もう何度目の溜息だろうか。
日中暖かかった陽射しも、かなり傾いてきた。
綱手から頼まれている資料整理の手を休め、ぼんやりと窓の外を眺める。
暮れかかった太陽が、木々や建物を橙色に染め上げ、長い影を作り上げていた。
もうあと1時間もすれば、街はすっかり薄暮に包まれてしまうだろう。
(―――― まだ、帰ってこないのかなあ・・・)
ジリジリと焦れながら、ある人の帰還報告を待っていた。
今日に限って、時間の経つのがやけに遅い。
いや、単に班の帰還が遅れているだけなのか。
こんな時こそ、目の前の仕事に集中して気を紛らわそうと努力をするのだが、
自ずと意識が別の方に向かってしまい、結局仕事が進まない。
隣の火影室がノックされる度に、ビクンッと体が反応してしまう。
「 ・・・・・・」
「どうした、サクラ。 ちっとも手が進んでないんじゃないか?」
「し、師匠!!」
「どうも今日は、朝から心ここに在らずだな。 なんか気になる事でもあるのか?」
いつの間に部屋に入ってきたのだろう。
振り向くと、綱手がニヤニヤしながらサクラの顔色を伺っていた。
気になる事の原因など、とっくにお見通しのような顔つきで。
「べ、別に何もありません」
慌てて資料整理の手を進める。
しかし、何処まで作業していたのか覚えている訳もなく、ただいたずらに手を動かしているに過ぎなかった。
「プッ、本当にお前は判りやすいなあ・・・」
(わ、判りやすい・・・?)
憮然として綱手を見つめると、綱手は必死に笑いを噛み殺している。
思わずムッとして、乱暴に整理作業を始めたら、
「もー、綱手さまー。 あんまりサクラちゃんを苛めちゃ可哀想ですよー」
シズネが資料を抱えて部屋に入ってきた。
「別に苛めてなんかいやしないさ。 本当のことを言ったまでだろう」
「サクラちゃんは綱手様と違ってまだまだ純情な『乙女』なんですからね。
久しぶりに『憧れの君』に逢える嬉しさでそわそわしてても、仕方ないじゃないですかー」
ドサッと資料の束を机に置きながら、何気にとんでもない事をのたまった。
「『乙女』ったって、もう17だろう? 立派な大人じゃないか。 しっかし、『憧れの君』かあ、羨ましいねえ・・・。
で、サクラの愛しい憧れの君の帰還報告はまだなのかい?」
「もう間もなくだと思いますけど。 ウフフ・・・v」
意味深な笑いと目配せをする二人。
「・・・・・・あのぉ。 お二人とも憧れの君だの何だのと、いったい誰の話をサレテイルンデスカ?」
「誰って、サクラの愛しい憧れの君ってったら、・・・・・・なあ? 奴しかいないだろう?」
「ですよねぇ。 私もあの方だと思ってましたが・・・。 あれー? 違ってましたー?」
「・・・・・・」
――― 私に聞かないでほしい。
(だから、あの方って・・・)
ややウンザリ気味に、二人の様子を盗み見たら、
「ヒィッ!!」
思わず仰け反ってしまった。
二人とも目を爛々と輝かせ、食い入るようにサクラを見ている。
「ナ、ナンデショウカ・・・?」
「いやあ、お前を見てると面白いからさ。 百面相みたいで」
「まさに恋する乙女ですよねー。 はあ〜、羨ましいv」
「・・・・・・」
どうも二人にいい様に遊ばれている気がする。
心の奥にしまってある恋心を、誰かに話したことなど一度たりともないのに、どういう訳かこの二人は勘付いてる。
「ムーーー・・・・・・」
真っ赤になって不貞腐れていたら、
「アーハッハッハッハ! だからお前は判りやすいんだって!」
今度は二人に大笑いされてしまった。
「・・・・・・」
(もう、私が何したって言うのよ! それもこれも、さっさと帰ってこないカカシ先生が悪いんだからね!!)
――― 仕方ないから、先生に八つ当たりしておこう・・・
――― トントン・・・
「五代目。 先程、カカシ班が里門に到着したとの連絡がありました。 負傷者は特にない模様です」
通信班の担当者が、カカシの帰還報告を告げた。
「そうか、やっと帰ってきたか。 ご苦労!・・・あと小一時間位かかりそうだな。
あー、サクラ。 もうお前帰っていいぞ。 隣でそわそわされ続けられたんじゃ、堪らんからな」
ニヤニヤしながらシッシッと手で追い払われた。
「でも、まだ整理が終わってませんけど・・・」
「いいのいいの、サクラちゃん。 別に急ぎの仕事じゃないんだから。
ささ、早くお迎えに行って、久々の逢瀬を堪能してらっしゃいなv」
――― バタン
強引に押し出されてしまった。
アハハハ・・・、と二人の笑い声が中から響いてくる。
「・・・逢瀬を、堪能って・・・」
(いったい何考えてるの・・・?)